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相手と思い出を共有して、自分の世界を広げていく。 「ないまぜマルシェ」の仕掛け人が考える「居場所」と「対話」

梶岡慎吾さん

真庭市で「ないまぜマルシェ」「手話カフェ」「自分探しの3日間」など、対話を軸にした居場所づくりを実践する梶岡慎吾さん。 大学時代、新聞配達をしながら借金を返済する日々の中で芽生えた「人と繋がりたい」という想い。その想いはいつしかボランティア活動となり、様々な取り組みに広がっていきます。

梶岡さんの考える「居場所とは」「対話とは」を取材しました。

いまの活動に繋がる原体験があれば教えてください。

原点は大学時代です。家庭の事情で大学時代480万円の借金を背負ったんですが、それを返済しなければならず新聞配達を始めたんです。ほとんど毎日、朝3時起きで新聞を配り続けて。 朝早く起きないといけないので、授業が終わったらすぐに帰宅。友だちとの交流なんてまったくない、大学と新聞配達所を行き来するだけの生活でした。

その後、すべて返済することはできたんですが、そんな環境だったので「いろんな人たちと繋がりたい!」という気持ちがすごく強くなっていったんです。 大学卒業前になんとか借金を返済して、それから海外10ヶ国の旅に出たり、残り少ない学生生活で国際交流サークルに入ったり。いろんなボランティアにも参加するようになりました。

やっぱり他者との関わりを求めていたんだと思います。閉塞された環境のなかで、少しでも他の人と繋がりたい。それから社会の役に立ちたいという気持ちがありました。

大学卒業後はどのような道に進まれたんですか?

卒業後、アパレル企業に就職しました。7年在籍していたんですけど、そのなかで転勤が6回あって。それでも行くところ行くところでボランティアには参加していましたね。「ほかの人と繋がりたい」が根底にあるのは変わらずだったので。 岡山では子どもキャンプのボランティア、広島では社会福祉協議会に入って青少年活動のボランティア、青少年リーダー研修会の実行委員長など、そのとき20代でしたけど、本当にいろんなことをやらせてもらいました。

とくに印象に残っているのは、自閉症の子を対象とした放課後デイのボランティアです。コミュニケーションを取るのが難しい子どもたちに踊りや楽器の音、おもちゃの音を使いながら、どうやって対話するかをずっと考えていました。 おそらく「対話」をはっきりと意識したのはそのときだと思います。言語に限らない、ノンバーバルコミュニケーション(言葉を使わずに情報や感情を伝える手法)ですよね。そんな「人と対話すること」にすごく興味がわいたんです。

市外の出身だとお聞きしました。真庭に来られたきっかけは?

アパレル企業から30歳のとき、ドラッグストア業界に転職。それからは少しボランティア活動が落ち着いていたと思います。というのも、ドラッグストアの仕事自体が「人と対話すること」に通じていたんですね。 お客さんひとりひとりの体調を聞くなかで、生活のことや家庭のこと、いろんな話に広がって。そしてそんな方々に対して、適切なお薬や対処法をお伝えする。お客さんから「ありがとう」という言葉が返ってくる。それで満たされていたんです。

ドラッグストア業界に15年ぐらい在籍していたあるとき、店舗売上を伸ばした実績を知る真庭の方から「一緒に働きませんか?」とお誘いがあって、妻と一緒に真庭へ来ました。ボランティア活動を再開したのは、そのあたりからです。

「ないまぜマルシェ」はじめ、様々な活動を始めたきっかけを教えてください

やっぱり心のなかにずっとあったんだと思います。以前、自閉症の子たちと接した時間や障がいのある方と接した時間のことが。だから引きこもりの方も含めて、何かお手伝いできれば良いな、と考えていました。 仕事を通してそういう方々との繋がりが再び生まれ、「できることからはじめよう」と「ないまぜマルシェ」を始めました。

「ないまぜ」という言葉には、障がいのある人もない人も、ご年配も若者も、誰もが分け隔てなく交流できる場という意味を込めています。 マルシェにしたのは、販売を通したら自然と会話が生まれますよね。そこに福祉施設の方々に出店してもらうことで、普段接点のない人たちとの繋がりが生まれるんです。

「手話カフェ」は、僕も片方の耳が難聴で。その気持ちが少しでもわかるので、手話をもっと身近に感じてもらえるよう「手話を描いた注文プレート」を立てて、誰でも手話で注文できるようにしています。

もうひとつの「自分探しの3日間」は、中高生が対象のプログラムです。学校へ行きづらい子どもたちにも「たくさんの選択肢」を持ってほしい、と3日間のうちにいろんな体験ができるよう用意をしています。 僕の学生生活が新聞配達しか知らない「狭い世界」だったので。「もっと広い世界があるんだよ」って思ってもらいたいな、と始めました。

「居場所」について、どのように考えていますか?

居場所をつくれたら良いな、と思っています。居場所って言わば「思い出をつくることのできる場所」。僕のしている「ないまぜマルシェ」も「手話カフェ」、「自分探しの3日間」も思い出をつくる場所なんです。 人と人が出会って、対話して、繋がって。そうして思い出をつくっていく。人間が生きていく上で、最大の幸福って「思い出を持てる」ことだと思うんです。でもひとりじゃ思い出はつくれない。誰かと時間を共有しないと。

幸せを実際に感じてもらえているのかな。例えば「自分探しの3日間」では引きこもりの子どもたちが少しずつ変わっていく姿を見ることができます。 最初はぜんぜん喋らなかった子が、3日間を通じて少しずつ心を開いていく。時間を共有して、仲間になっていく。夜にはじっくりと対話の時間を設けることもあります。対話というか、自己開示の時間ですよね。

「対話」については、どのように考えていますか?

対話の大きな役割って「自己発見」もあると思っています。「自分探しの3日間」の夜に行う対話が「自己開示」になっているのもそうなんですけど、自分と他者が対話することで「自分が開かれていく」というか、「自分を発見する」んです。

社会のなかでなかなか存在意義を見出せない子たちもいますが、他者と対話を重ねることで、「他者にないものを自分のなかに見出す」ことにも繋がっているのかなと。まさに「自己発見」ですよね。 反対に「自分のなかにないものを他者に見出す」も対話を通じてできることだと思います。他者の価値観に触れて、自分の世界を広げていく。そのなかで「本当に自分がしたいこと」「自分にできること」を見つけていく。

「出会って、対話して、繋がって、自分の世界を広げていく」これが、僕の活動すべてに通じていることです。すなわち出会いと感動による自己発見。僕の人生のテーマでもあります。

今後の展望を教えてください

「ないまぜ」という言葉が波及してくれたら嬉しいですね。マルシェに限らず、「ないまぜ」という言葉を使って「出会う場」を創出していく。それって共生社会実現のための第一歩だとも思うんです。僕だけではなく、そういう方たちが増えたら良いな、と思います。

座右の銘があって「桃李もの言わざれども、下自ら道をなす」。桃の花は毎年その場所に咲く、その桃を見るために人が集まり、自然と道ができる司馬遷の言葉です。 ボランティアをしたいとか、誰かの役に立ちたいとか、そういう徳を持つ人のもとに自然とみんな集まってきます。未来へ続く道も生まれます。まずは「ないまぜ」という言葉を使ってもらえたら嬉しいです。

取材・編集:甲田智之

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